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5歳から将棋を始めて史上最年少で名人となった
谷川浩司さん。

 

日本将棋連盟の会長でありますが、このたび辞任する
との報道が流れています。

 

谷川浩司さんってどんな人物なのでしょうか?
プロフィールと共にプロになるまでのエピソード
会長を辞任するに至った経緯について調査してみました。

 

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プロフィール

 

名前:谷川浩司
生年月日:1962年4月6日
出身地:兵庫県神戸市須磨区
血液型:O型
プロ入り年月日:1976年12月20日(14歳)
棋士番号:131
師匠:若松政和七段
永世称号:十七世名人
段位:九段

 

 

プロデビューするまで

 

 

谷川浩司さんには5歳年上の兄がおり、
兄弟喧嘩が絶えなかったので父親が、
喧嘩が少しでもなくなればとの思いで
将棋盤を買ってきたのが将棋を始める
きっかけとなったそうです。

 

谷川さんはNHKホリデーインタビューで
このように話しています。

 

「将棋は負けず嫌いじゃないと長く続かないのでは」

 

やはりプロと呼ばれる方々は「負けず嫌い」
が多いのですね。
谷川浩司さんも例外ではなかった…(笑)

 

神戸(三宮)での夏休みに行われた将棋イベントで、
小学生の谷川浩司さんと内藤國雄さんの対局しています。

 

当時の対局を内藤國雄九段は「中盤から終盤への感覚が優れていた」
谷川さんは「大きな自信になった」などと振り返っています。

 

新聞に囲み記事が出たりすると、段々と面白くなってきました。」
とのコメントもあり、すっかり将棋にのめり込んでしまってますよね。
でも素晴らしいです(笑)

 

この頃プロ棋士になるという意識があったかどうかは分かりませんが、
プロ棋士へのレールにしっかり乗っかっていますよね。

 

谷川さんプロを目指し小学5年生(11歳)5級で奨励会に入会
以降、順調に昇級・昇段を重ね、中学2年生の14歳で四段となり
プロ棋士としてデビューしました。

 

途中、挫折することはなかったのでしょうか?
負けず嫌いというだけではなく、
子どもながらに精神力がすごいです。

 

 

21歳の時には加藤一二三名人を破り、谷川氏は新名人になりました。

 

その時のことをこう振り返っています。
「勝ちが分かったときに体が震えた」

 

勝利を確信した瞬間ってこんな感じなんでしょう。
何だか想像できそうです。

 

一方、兄の俊昭氏は学力も優秀で、灘中学校、灘高等学校、
東京大学と進学し、卒業後はリコーに入社し、将棋部に在籍。
アマチュアのタイトルを何度も獲得されています。

 

兄はエリート街道一直線、弟はプロの棋士一直線って
環境も恵ませていたのでしょうね。

 

子どもの頃の兄弟喧嘩をやめさせるために父親が
考え付いた手段が将棋ってのもなかなか思いつかない発想かと
私は思ってしまうのですが…。

 

ちなみにこの将棋盤が谷川家に登場して以来、
更に兄弟喧嘩が増したそうです(笑)

 

 

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なぜ会長を辞任?

 

2011年5月、日本将棋連盟の理事選挙で当選しています。
以後、専務理事として、渉外部を担当しました。

 

2012年12月、米長邦雄氏の逝去後、第二次世界大戦後15人目
となる日本将棋連盟会長に就任しました。

 

現任理事の任期満了となり2013年5月まで務めた後、
会長に再任されました。

 

更に2015年6月、再任されて現在に至ります。
任期は2017年6月まででした。

 

 

会長を辞任する理由として…。
昨年10月、三浦弘行九段が対局中にスマートフォンを不正に使用した
疑惑で出場停止処分とした件でした。

 

第三者委員会が同年12月に「不正行為の証拠なし」と調査結果を発表。
一連の騒動の責任を取るもようです。

 

スポーツ報知によるともう一つの理由は…。

 

関係者によると、谷川会長は心身ともに疲労がたまって体調を崩しており、
職務を継続することに不安を抱いたことも辞任の理由のようだ。

 

現在も順位戦B級1組に在籍し現役棋士として活躍していますが、
今後はどのような動きになるのか気になるところです。